以下は、原文の趣旨を保持しつつ、主要論点・経緯・原決定の判断を体系的に整理したまとめである。
第1 本件即時抗告の趣意
本件即時抗告は、林眞須美(請求人)が提出した複数の即時抗告申立書、主任弁護人安田好弘弁護士ら複数の弁護人が連名で提出した多数の即時抗告理由補充書を根拠とし、これらに対して検察官が提出した意見書に反論する形で構成されている。
抗告趣旨を一言でいえば、
「新たに提出した多数の新証拠は、刑事訴訟法435条6号の『無罪を言い渡すべき明らかな証拠』に当たるものであり、和歌山地裁が再審請求を棄却した判断は誤りである。ゆえに原決定を取り消し、再審を開始すべきである」
という主張である。
対象となる事件は以下の2事件である。
- A1(夫)くず湯事件
夫A1に対し、砒素入りの葛湯を飲ませ、急性砒素中毒を発症させたが死亡には至らなかったとされる殺人未遂事件。 - カレー毒物混入事件
夏祭りのカレーに亜砒酸が混入され、4名が死亡、63名が負傷した事件。
弁護側は、原審(再審請求審)に提出した新証拠約90件以上を根拠に「有罪認定の前提が崩れる重大な証拠」と主張したが、原決定は新規性・明白性を否定し、再審請求を棄却した。
これに対する不服として、本件即時抗告が提起された。
第2 本件の経過
1 確定までの経緯
林眞須美は、平成10年(1998年)、和歌山カレー事件および複数の保険金事件で起訴され、
平成14年12月11日、和歌山地裁で死刑判決を受けた。
その後の経緯は次のとおりである。
(1)控訴審(大阪高裁・平成17年6月28日)
控訴審では、A1くず湯事件の殺意の認定について、第1審が「確定的殺意」と認定した点が問題とされたが、高裁は「未必的殺意にとどまる」としつつも、
「結論には影響しない」として控訴棄却。
カレー事件についても、第1審の有罪認定を全面的に支持した。
(2)上告審(最高裁・平成21年4月21日)
最高裁は、林眞須美側の主張(判例違反・憲法違反等)は上告理由に当たらないと判断し退けた。その上で、独自に記録を精査し、以下の点から「犯人は請求人である」と認定した。
- カレー鍋から検出された亜砒酸と、請求人宅・親族宅などから押収された亜砒酸の組成が酷似している
- 請求人の頭髪から高濃度の砒素が検出され、砒素を取り扱っていたと推認できる
- 当日、カレー鍋に近づいて不審な挙動を示したのは請求人だけである
このような状況証拠を総合し、
「合理的疑いの余地なく有罪」
と判断した。
その後の判決訂正申立ても棄却され、
平成21年5月19日、死刑判決が確定した。
2 再審請求の内容(和歌山地裁・平成21年〜平成29年)
確定判決後、林眞須美は次の事件について再審請求を行った。
- A1くず湯事件
- カレー毒物混入事件
弁護側は、**刑事訴訟法435条6号(無罪を言い渡すべき明らかな証拠)**を理由に、新証拠を提出した。
(1)A1くず湯事件の新証拠
- A1(夫)の新たな陳述書(新弁4)
しかし、原審は「内容は控訴審の証言と同じ」であるとして
新規性なし、明白性なし
と判断した。
(2)カレー事件の新証拠
カレー事件については、以下の大量の新証拠が提出された。
- 次女F1の証言(新弁1)
- H1、I1、J1、K1など複数の関係者の調書
- 青色紙コップ(新弁28)
- プラスチック小物入れ(新弁29)
- 科学的鑑定、N1教授の意見書、専門家鑑定書多数
しかし、原審はこれらについて、
- 多くは「既に取り調べ済みの証拠と同内容」→新規性なし
- それ以外も「有罪の心証を覆す明白性なし」→明白性なし
と判断し、再審請求を棄却した。
第3 原決定の判断の概要
原決定(和歌山地裁)は、新証拠の「新規性」と「明白性」について次のように整理した。
1 新規性の判断基準
原決定は、刑訴法435条6号の「新規性」を以下のように解釈した。
- “裁判所がまだ実質的に証拠価値を判断していない証拠”であること
- 証拠方法が同じでも、証拠資料の内容が異なれば新規性を認める
- 逆に、証拠方法が異なっても、内容が実質的に同じなら新規性は無い
この基準を当てはめ、
A1くず湯事件の夫A1の陳述書は「控訴審と同じ内容」で新規性がないとした。
2 カレー事件における原決定の核心
原決定の中心は、
「異同識別3鑑定」の信用性を維持するかどうか
であった。
異同識別3鑑定とは、
- 科警研鑑定
- P1教授(大学)の鑑定
- Q1・R1両教授の共同鑑定
の3つの鑑定を指す。
●原決定は、これらの鑑定を次の理由で「十分に信用できる」とした。
- 押収された複数の亜砒酸(緑色ドラム缶、H1ミルク缶、重記載缶、タッパー、J1ミルク缶、小物入れ、青色紙コップ付着物)は、微量元素の構成が酷似
- 同一原料鉱石・同一工程で製造されたと考えられる
- 製造後の使用過程を反映する「バリウム」が複数の容器に共通して含まれる
- この性質を持つ亜砒酸は希少であり、偶然同じものが別人によって持ち込まれる可能性は極めて低い
さらに、
- 青色紙コップが置かれていた状況
- 夏祭り会場のごみ袋の位置関係
などから、
「上記複数の亜砒酸のいずれかが、青色紙コップを介してカレー鍋に入れられた蓋然性が高い」
と推認した。
●ゆえに原決定は、
- 請求人関係先から押収された亜砒酸
- カレー鍋から検出された亜砒酸
は「製造段階で同一」と評価し、
有罪の核心部分は揺るがないと判断した。
総括:再審を認めないとした原決定の結論
原決定は、弁護側提出の新証拠について、
- 一部は新規性なし
- 新規性があるものを含めて総合しても、有罪を覆す「明白性」は認められない
との判断を示し、
再審請求を棄却した。
本件即時抗告の意義
これに対し弁護側は、
- 異同識別鑑定は科学的根拠に乏しい
- 鑑定人の手法や前提に重大な問題がある
- 重要証拠である青色紙コップ、小物入れの扱いに矛盾がある
- 新証拠で有罪認定の前提が崩れる
などを理由として、
「原決定の判断は明らかに誤りであり、再審を開始すべきである」
として即時抗告を行っている。
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