自民党が検討するスパイ防止法:現行法の問題点と必要な対策

自民党が検討するスパイ防止法については、単に「スパイを取り締まる法律が必要か」という問題だけでなく、現行法で何が処罰でき、何が処罰しにくいのか、そして新法で何を補うべきなのかを分けて考える必要があります。

特に重要なのは、外国政府やその情報機関による情報収集、機密情報の持ち出し、秘密情報の提供を指示する活動などについて、現行法の適用範囲と捜査・処罰の限界を具体的に確認することです。

以下では、現行法の問題点と対策を中心に整理し、法案の具体的な条文が確定していない部分は、確定事項と混同しないように区別します。参照先は、政府の法令・公的資料を優先します。

1. 自民党の検討内容はどこまで具体化しているのか

2026年8月5日、自民党のインテリジェンス戦略本部は「我が国の『情報防衛力』の強化に向けて」という提言をまとめています。これは、スパイ防止法という名称の単独法だけを論じるのではなく、外国勢力による秘密の工作への対策を含め、情報収集・監督体制を強化する構想です

提言の主な柱は次のとおりです。

  • 外国代理人の登録制度:外国勢力のために活動する代理人について、活動の透明性を高める制度を検討する。
  • 外国干渉防止法(仮称):外国勢力による不正な干渉行為を処罰する法制度を検討する。
  • 情報収集能力の強化:人的情報収集(HUMINT)や通信・電波情報収集(SIGINT)などを強化する。
  • 監督機能の強化:情報機関の活動に対する議会の監視と、独立した監察機能を強化する。

重要なのは、自民党の提言と、国会で成立した法律は別物だという点です。現時点で、この提言に記載された構想のすべてが、具体的な犯罪構成要件や罰則を定めた成立法になっているわけではありません。

参照先:自民党「我が国の『情報防衛力』の強化に向けて」(2026年8月5日)

2. 現行法の問題点と必要な対策

① 外国勢力による諜報活動を包括的に捉える制度が不足している

現行法の問題点

日本には、外国政府や外国情報機関のために行われる活動を、その活動の全体像に着目して包括的に規制する制度が十分に整備されていません。

ただし、「日本にはスパイを処罰する法律が一切ない」という説明は正確ではありません。行為の内容や対象情報によって、既存の法律で処罰できる場合があります。

現行法対象となる行為・情報
特定秘密保護法安全保障上、特に秘匿が必要な情報の指定、漏えい防止、罰則など
不正競争防止法要件を満たす営業秘密の不正取得・使用・開示など
国家公務員法公務員の守秘義務違反など
自衛隊法防衛秘密などに関する所定の違反行為

特定秘密保護法は、対象となる情報を限定して保護する法律です。したがって、外国勢力による活動であっても、対象情報や行為が各法律の要件に該当しなければ、その法律によって処罰できるとは限りません。

必要な対策

新法では、少なくとも次の行為について、現行法で処罰できる範囲とできない範囲を明確にする必要があります。

  • 外国情報機関の指示を受けた機密情報の取得・提供
  • 情報提供者の勧誘、協力者の獲得、情報収集の指示
  • 外国勢力のために行う不正な情報工作や秘密の干渉活動
  • 情報を取得するための不正アクセス、窃取、脅迫など

ただし、外国人や外国企業と接触しただけで犯罪になる制度では意味がありません。処罰対象は、外国との関係そのものではなく、外国勢力のために行った具体的な違法行為と、その故意・目的によって定義すべきです。

参照先:

② 機密情報の漏えいだけでなく、情報を盗み出す活動への対応が必要

現行法の問題点

秘密情報の漏えいを処罰する法律があっても、情報を盗み出すための活動のすべてを、同じ法律で処罰できるわけではありません。

例えば、外国の情報機関が協力者を獲得し、複数の人物を経由して情報を集める場合、最終的な漏えいが発覚するまで、個々の行為をどの犯罪として立件できるかが問題になります。

もっとも、情報の取得方法によっては、窃盗、詐欺、不正アクセスなどの既存の犯罪が成立する場合があります。問題は、既存の犯罪があるかどうかだけではなく、外国勢力による組織的な諜報活動の実態を、どこまで犯罪として捉えられるかです。

必要な対策

  • 外国勢力の指示を受けた秘密情報の不正取得や提供を、明確な犯罪類型として定める。
  • 情報提供の指示、報酬の授受、通信記録、資金移動などを、適法な捜査によって立証できる仕組みを整える。
  • 情報を実際に渡す前の段階でも処罰する場合は、単なる準備や交友関係と区別できるよう、具体的な実行行為を法律に定める。

このようにすれば、漏えいが起きた後の処罰だけでなく、組織的な情報窃取活動の摘発にも対応しやすくなります。

参照先:自民党「情報防衛力」の強化に向けて」本文・防諜法制の整備

③ 外国勢力のための活動を、通常の犯罪と区別して評価できない

現行法の問題点

自民党の提言は、現行法でも特定秘密等の不正取得、営業秘密の侵害、施設への侵入や破壊工作などを処罰できる場合がある一方、外国勢力のために行われたこと自体を理由に刑を加重する仕組みが十分でないと指摘しています。

例えば、同じ機密情報の不正取得でも、個人的な利益を目的とする行為と、外国情報機関の指示を受けて国家の安全を害する目的で行う行為では、国家に及ぼす危険性が異なります。

必要な対策

外国勢力のために行われたことが立証された場合に、一定の犯罪について加重処罰できる仕組みを検討する必要があります。

ただし、外国政府との関係があるだけで一律に刑を重くするのではなく、外国勢力との具体的な関係、本人の認識、行為の危険性を要件にする必要があります。

参照先:自民党の提言(防諜法制の整備)

④ 外国代理人の活動を透明化する制度が不足している

現行法の問題点

外国勢力から資金提供や指示を受け、政治家や政府関係者に政策変更を働きかける活動であっても、その活動自体が違法とは限りません。

問題になるのは、外国勢力のために活動している事実を隠し、資金源や指示関係を明らかにしないまま、政策決定に影響を及ぼそうとする場合です。

自民党の提言は、外国勢力の利益を図る活動であることが隠されたまま行われるロビー活動について、現行制度では十分に対処できないと指摘しています。

必要な対策

外国代理人登録制度を設け、一定の要件に該当する者に、外国勢力との関係や活動内容などの登録・開示を義務づけることが考えられます。

その際、次の点を明確にすべきです。

  • 登録義務が生じる外国勢力との関係や活動の範囲
  • 登録情報の公開範囲と、個人情報・営業秘密の保護
  • 登録義務違反に対する行政上・刑事上の措置
  • 外国勢力からの指示を受けていない通常の報道、研究、外交、経済活動の扱い

外国企業から研究資金を受け取ったことや、外国人と交流したことだけで登録義務や犯罪が成立するような制度は避けるべきです。

参照先:自民党の提言(外国代理人登録制度)

⑤ 情報収集機関の連携と監督体制を整備する必要がある

現行制度の問題点

外国勢力による活動は、情報収集、資金提供、サイバー攻撃、協力者の獲得など、複数の分野にまたがる可能性があります。

そのため、情報を収集する機関、犯罪捜査を行う機関、政策判断を行う機関の連携が不十分であれば、個々の情報を得ていても、全体像を把握できない可能性があります。

自民党の提言も、情報収集機関の役割分担や連携に加え、情報収集と分析の独立性を確保する必要性を指摘しています。

必要な対策

  • 警察、公安調査庁、防衛省などの役割分担を明確にする。
  • 情報の共有・分析を迅速化する。
  • 情報収集と分析の機能を適切に分離し、誤った判断が組織内で修正される仕組みを整える。
  • 議会による監視と独立した監察機能を整備する。

特に重要なのは、情報機関に権限を付与するだけでなく、その権限の行使が適正だったかを事後的に検証できる仕組みを法律に盛り込むことです。

参照先:自民党の提言(運用体制・監督機能)

3. 新法で明確にすべき重要事項

新法の実効性を確保するには、犯罪の成立要件と捜査権限を明確にする必要があります。特に、次の事項は法案の段階で具体化すべきです。

項目必要な制度設計
犯罪の定義外国勢力、代理人、諜報活動、不正な干渉行為の定義を明確にする
対象情報特定秘密に指定されていない情報でも、国家の安全を害する重要情報について必要な保護を検討する
故意・目的外国勢力との関係を認識していたか、どのような目的で行為をしたかを要件化する
未遂・準備行為実行行為と単なる準備、通常の交友関係を区別する
捜査権限令状などの法定手続に基づき、必要性と相当性を確保する
監督・救済独立した監察、議会の監視、違法な捜査に対する救済手段を設ける

これらは、すべてが現行の自民党提言に確定した条文として記載されているという意味ではありません。提言を実効的な法律にするために、具体的に検討すべき事項です。

また、対象情報を広げる場合には、政府にとって不都合な情報や行政の不正を告発する情報まで、安易に秘密扱いされないようにする必要があります。

4. 結論

自民党の2026年8月の提言が示しているのは、従来の機密情報漏えい対策だけではなく、外国勢力による秘密の代理活動や不正な干渉行為を対象とする制度の整備です

現行法の課題は、スパイ行為を一切処罰できないことではありません。既存の法律で処罰できる行為がある一方、外国勢力との関係を隠した代理活動や干渉行為、特別法で保護されていない重要情報の取得・提供などについて、処罰や透明化の制度が十分でない場合があることです。

したがって、対策としては、次の4点が重要になります。

  1. 外国勢力のために行われる諜報・干渉活動の犯罪類型を明確にする。
  2. 外国代理人の登録制度を整備し、外国勢力からの指示や資金提供を透明化する。
  3. 警察・情報機関の連携を強化し、情報収集から捜査までの実効性を高める。
  4. 議会による監視と独立した監察を制度化し、権限の濫用を防ぐ。

新法の実効性を判断する際には、単に罰則が重いかどうかではなく、現行法で処罰できない行為をどこまで補えるか、犯罪の定義が明確か、そして適正な監督が機能するかを確認することが重要です。

主な参照先

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